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2011年11月 アーカイブ

タクシー

気軽な海外ツアーでもそのうち、タクシーに乗るのがおっくうになった。


タクシーに乗ることは戦うことに等しかった。


短い距離は、タクシーに乗らず歩くことも多かった。


あるときなんかは、メキシコシティーからソチミルコi舟遊びのできるところとして有名だが、そこへ行って、またそのまま同じタクシーで戻ってきて、ホテルの前で大げんかしたことがあった。


交渉どおりにいかなかったのです。


メーターどおりでないのはもちろんのこと、優にメーターの五倍という料金です。


それでも彼は、もっとペソ、ペソ、ペソ、と、右手をさし出すのです。


しまいには、ホテルのフロントマンが、何事かと、玄関に出てきて、この大騒ぎはおさまった。


しぶしぶ運転手が引きあげたのです。


ペソ、ペソ、ペソは、アカプルコまでつづいた。

あのダイビング

アカプルコの呼び物は、映画でも有名になった、あのダイビングです。


55メートルというあの岩壁から、下の海、それもわずかな間、満潮の間だけ深くなったすきに飛び込むのです。


このダイビングを見るために、その前に席がしつらえられています。


そして、ベランダのような場所も用意されています。


見物客はそこへ入るのに、いくばくかのペソを見物料として払う。


まあこれだけの命をかけてのショーだから、これに関しては妥当だと思うのか、見物の連中はすなおに応じているようだ。


そしていよいよショーが始まる。


いちばん高いところから飛び降りる前に、二度くらい、まだ慣れない二軍のダイバーが、途中の岩場から飛び降りてみせる。


そして最後、見物の目の前の、いちばん上の岩の上に、ダイバーがあらわれる。


マリアの像か何かにひざまずき、祈ったあと、静かに岩の先端に立つ。


じっと立っていたダイバーが、一瞬動いたな、と思ったら、ゆっくりと、スローモーションのフィルムを見るようにして、頭から下へ飛び降りた。


映画やら、写真で見るよりは、その岩の突端はさして高いとは思わなかったが、それでも、飛び込んで、海の中へそのダイバーの体が沈むまで、ずいぶんゆっくりと時のたったような気がしたのは、実際高いところだったからでしょう。


そして沈んだと思ったダイバーが、白く泡立った青い海の中から、ぽっかりと顔を出した。


見ていたおおぜいの人たちは一斉に拍手喝采をした。


敬度な祈りを捧げた彼に、無事という祝福が与えられたことに対する、喜びの、ほんとうに心からの拍手でした。


その拍手が静まると、客は帰りはじめた。


そしてその、テラスのような見物席から、道路のほうへ階段を上がりかけた。


そろと上がっていった人の波が何かでぎくりと止まった。


何だろう、と前を見上げた。


あの男が、ずぶぬれになって、階段の途中に仁王立ちしていました。


先刻は顔まではっきりわからなかったが、どうもその裸の格好は、あの、最高部の碧の上から飛び降りた男のようです。


それもこの男、両手に何枚かのペソの札をしっかりと握っています。


そしてそのペソの束を、振りながら、どうだどうだ、というしぐさをする。


つまり〃ペソ、ペソ、ペソ"を繰り返しているのだ。


興ざめ、という言葉は、こういうときのことをいうのでしょう。


しゅん、と心の中が、冷えたのです。


海外旅行であの奇蹟のような、ダイビングの崇高な行いが、ふっと消えてしまったような気がしたのは事実です。

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